大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所八日市場支部 昭和34年(ワ)74号 判決 1964年4月28日

原告 芝山町千代田農業協同組合

被告 国

主文

被告は原告に対し、金百二万八千六百十五円及びこれに対する昭和三十四年八月九日から完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告の請求趣旨

一、被告は原告に対し、金百二万八千六百十五円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

二、予備的に、被告は原告に対し金九十八万六千二百七十三円及びこれに対する前項同様年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、原告の請求原因並びに主張

一、請求趣旨第一項につき、

(一)  原告は農業協同組合法によつて設立した法人であつて、同法に基ずき組合員のためにその生産した物資の買取または委託の方法による販売、その他の協同事業を行うものであり、また、同法に基ずき定款の定めるところにより、組合員以外の者の物資についても一定制限内において、その販売の取扱をすることができるものである。

(二)  原告は昭和三十年八月二十三日、麦類等販売業者訴外藤崎静男(以下藤崎という)から何等事情を知らずして麦類五〇〇俵(以下本件麦という)を買受け、その代金一、〇二八、六一五円を支払い、現物の引渡を受け、その所有権を取得しているものである。

(三)  原告は前項の本件麦を食糧庁に売渡すため、再検査を受け売渡の手続を殆んど完了したところ、その後において判明したところによれば、本件麦は政府所有物件であるものが大部分であつて、これが保管管理者訴外諸岡照一(以下諸岡という)の保管中のものを、前記藤崎が諸岡に対する貸金の回収にあてるために、諸岡の留守中に無断搬出したものであつて、そこに犯罪行為が存在したため政府えの売渡は不成立となつた。

(四)  前項藤崎の犯罪行為に関しては、千葉地方検察庁佐原支部の捜査の結果、原告の職員である訴外斎藤和行(以下斎藤という)、当時千葉食糧事務所所属農産物検査官であつた訴外木川隆(以下木川という)及び藤崎がそれぞれ起訴され、右藤崎に対しては有罪の判決が言渡され、斎藤および木川に対しては昭和三十一年十二月二十一日ともに無罪の判決が言渡され、いずれも確定して事件は結着したのであるが、これより先本件麦は令状により押収せられて原告に保管を命ぜられていたが、その後前記公訴繋属中である昭和三十一年二月十七日同地検佐原支部は、保管替の上、本件麦を食糧庁千葉食糧事務所へ他に原告の買受けなかつた二俵を含めて計四八〇俵、諸岡へ二二俵、即ち本件麦の全部を仮還付したのである。

(五)  しかし原告は本件麦を、同種の物を販売する業者から、右犯罪行為の存することは毫も知らず善意にて買取つたものであり、民法の即時取得の規定によりその所有権を取得しているものであるから、前記犯罪行為の被害者である食糧庁および諸岡といえども、これを回復するには、民法第一九四条により原告が支払つた当該麦類の代価を弁償しなければならないのであつて、その支払がないかぎり強制的に仮還付された本件麦は、事件結着とともに原告に還付されるべきものである。

(六)  そこで原告は昭和三十二年五月一日千葉地方検察庁に対し本件麦の還付方を請求したところ、同年八月八日付をもつて同地検佐原支部より「本件押収物は既に昭和三十一年五月十日諸岡照一に本還付手続を了している」旨の回答に接し、はじめて当該現物が回収できない状態にあることを知つたのである。

(七)  然るに原告は前記犯罪行為における加害者ではなく、前記の通り正当にその所有権を取得しているものであるから、右本還付措置は違法であり、国家公務員である佐原区検察庁所属検察官行木光副検事によつて、その職務上の行為により本件麦の代価金一、〇二八、六一五円に相当する損害を受けるにいたつた。

(八)  被告の公権力の行使に当る検察官行木光副検事は、藤崎が麦類等の販売業者で同種の物の販売を業とする商人である事実、原告が善意且つ無過失で本件麦を買受けた事実を認識しながら、或は当然認識すべきであつたのに過失により認識せず、漫然として原告に対しその支払つた代価を弁償させることなく前記のよおに仮還付、本還付の手続を了したもので、仮りに右の認識がなかつたとしても当時千葉地方裁判所において、本件麦に関し、斎藤和行同木川隆に対する賍物牙保等被告事件が繋属中で早晩その善意無過失の事実は立証され得る筈であり、その判決を待てば知り得べかりしに拘らず(これに対しては昭和三十一年十二月二十一日無罪の判決があり控訴なくして、確定した)これを無視してその過失によりこれを認識せず、右手続を完了し、以て公権力を行使したものである。

(九)  右被告の公務員たる検察官行木光の所為は、民法第一九二条、第一九四条の規定を無視し、違法に原告の本件麦に対する所有権を侵害し、原告に対し、その代価たる請求の趣旨記載の金額に相当する損害を与へたものである。然らずとしても民法第一九四条の規定は、占有者に、代価の弁償のない場合の抗弁権を認めたに止り、請求権を認めたものではないと解するも、原告は善意の占有者であるから、被害者たる食糧庁千葉食糧事務所及び諸岡より、本件麦の回復を請求しても、その代価たる請求の趣旨記載の金額を弁償するに非ざればこれを拒否し得る抗弁権を行使し得るに拘らず、既に右物件は、原告の意思に拘らず返還されており原告は右抗弁権行使の機会を失い、その行使により弁償を受け得べかりし、その代価たる請求の趣旨記載の金額を取得することが出来なくなつたから原告はこれに相当する損害を受けたものである。

(一〇)  以上を要約すれば、原告は国家公務員である検察官行木光副検事の過失による本件麦の本還付措置により、本件麦に対する所有権若しくは還付請求権の侵害並びに本件麦が還付による回復であると、その他の方法による回復であるとを問はず、被害者が本件麦を回復するには、被害者に対し有する民法第一九四条の代価請求の抗弁権、実質的には代価請求権の侵害を受けたことにより、本件麦の支払代価相当額の損害を受けたものであるから、よつて原告は国である被告に対し金一、〇二八、六一五円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三十四年八月九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

二、被告の各主張等の中、

(一)  後記第四の一の(二)に対し、

(1)  本件麦の藤崎対原告間の取引は、原告が藤崎から政府へ売却することの委託をうけてその目的物の引渡をうけたものではない。藤崎は終始原告へ売却する意思のみでしたものであつた、政府への売却委託の意思でしたものではない。また原告も終始藤崎から目的物を他へ販売するため買取る意思でしたものであつて、政府への売却の委託をうける意思でしたものではない。このように売主に委託の意思がなく買主にも受託の意思がないのに両者間に委託売買が成立するわけがない。

(2)  昭和三十年度の原告組合の麦類の買付計画数量は七〇〇〇俵であつたところ本件麦の取引前までには、右計画は未だ約五、五〇〇俵程度の実現を見たに過ぎなかつたので、原告組合の販売係斎藤は、原告組合長から、商人のものでもよいから計画数量を上げるよう指示を受けており、丁度その際に当つて、藤崎から単に麦類を買つてくれないかと申込まれ、斎藤は原告組合長の許諾をうけた上、買おうということになり本件麦の取引となつたものであつて、そこに何ら政府への売却委託の関係は存在していないのである、政府へ売却する場合に必要な販売委託書が当該麦類についていないことは、当時すでに分明しており、それにもかかわらず原告としては買取つたものである、よつて藤崎と原告との間には、本件麦についての真実の売買が成立し、この売買についての目的物の引渡と代金の支払とが遅滞なく行なわれ売買は完了したのである。そして藤崎は同種の物を販売する商人であつて、本件麦の買取には原告は善意無過失であるから、この売買によつて原告は当該麦類の所有権を取得したものである。

(3)  原告は買取つた麦類を政府へ売却するか、又は、その他の者へ売却するかは、麦類は統制から外されているので、もとよりその自由に選ぶことができるのであるが、先ずもつて政府へ売却することとしてその手続をとることとしたのである。しかるに農業協同組合が麦類を政府へ売却するには、生産者よりの販売委託の形式をとることが必要であるので、原告と右藤崎との間の右の売買完了後に原告組合の販売係斎藤から藤崎が販売委託者であるような形式で作られた販売委託書に藤崎の印をもらい、形式をととのえることとしたに過ぎない。従つて真実に藤崎から政府への販売委託があつたわけではない。それだから、原告が藤崎に支払つた代金は、政府のための立替払をしたものではなく、政府とは無関係に、販売品の買収につき、原告自体が支払うべき代金を支払つたものである。それが藤崎に対する融資であるわけがない。また、融資すべき何らの理由もない。

(二)  後記第四の二に対し、

(1)  被告は、「原告組合より佐原警察署に任意提出せられ、用済の上は被害者に還付せられたき旨の申出があつた(乙第一号証)」旨陳述しているが、右任意提出をなし、及び用済の上は被害者に還付せられたき旨の意思表示をした者は、原告組合の販売係(販売主任は俗称である)としての斎藤であるが同人は右目的物の任意提出及び同目的物の処分については、法律上何ら原告を代表する権限を有しないものであるから(たとえ販売主任なる職名を書面上用いたとしても農業協同組合法上、職員に商法第四十三条の準用がないから当該の者は何ら法律上組合を代表又は代理する権限を有しない)被告の「原告組合より」の字句は不当である。のみならず爾後原告は斎藤の行為につき何等自認もしていないのであるから右任意提出なるものは原告の任意によるものでなく、又とくに用済の上は被害者に還付せられたき旨の意思表示は、原告の意思表示としては不存在であり、従つて原告、被告人又は弁護人の意見を聴くことなくしてなされた仮還付処分及び本還付処分は、いずれも違法不当である。

(2)  本件麦は当然原告に返還せらるべきものであつたので、原告は昭和三十二年五月一日その返還請求をなしたのであるが、その時には本還付後すでに一年有余の日時を経過しており、目的物はこれより先、すでに処分せられたことは経験則上当然であつて(乙第十一号ノ二)原告は、はじめて、当該現物が回収できない状態にあることを知つたのである。

三、請求趣旨第二項につき。

(一)  前記本件麦五〇〇俵その価額一、〇二八、六一五円の損害賠償請求中、少くとも前記訴外諸岡照一所有分の二二俵を除き、昭和三十一年二月十七日食糧庁千葉食糧事務所名義を以て、佐原区検察庁に押収中の本件麦中四七八俵について、原告が藤崎に支払つた代金九八六、二七三円相当額は、前記請求原因一と同旨の原因事実により原告が被つた損害額である。

(二)  従つて原告は被告に対し、請求趣旨第一項が理由なき場合においても、予備的に右金九八六、二七三円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三十四年八月九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

第三、被告の申立。

一、原告の請求(予備的請求を含む)を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第四、被告の答弁並びに主張。

一、請求原因(前記第二の一)に対し、

(一)  前記請求原因第一項は認める。

(二)  同第二項は否認する。即ち食糧管理法第四条ノ二第一項によると、「政府ハ命令ノ定ムル所ニ依リ麦(大麦、裸麦又ハ小麦ヲ謂フ)ヲ其ノ生産者又ハ其ノ生産者ヨリ委託ヲ受ケタル者ノ売渡ノ申込ニ応ジテ無制限ニ買入ルルコトヲ要ス」と規定されており、政府に麦類の売渡をすることができるものは、その生産者、又はその生産者より売渡の委託を受けた者(以下売渡受託者という)に限るのであつて、政府は生産者より直接に、又は売渡受託者を介して生産者より麦類を買入れているものである。農業協同組合は売渡受託者としてのみ麦類を政府に対して売渡すことができるのであつて、政府は農業協同組合所有に係る麦類は買上げてはいないのである。本件においても、原告組合は、麦類の政府買上についての実施要領を承知の上売渡受託者として、本件麦の政府売渡の手続を実施中であつたものであるから、その間に原告が本件麦の所有権を取得するいわれはなく、原告が金一、〇二八、六一五円を藤崎静男に支払つたとしても、それは麦類売買代金としてではなく、政府買入代金を見返りにした融資金に過ぎないものと解すべきである。よつて、昭和三十年八月二十三日に原告主張の如き売買がなされ、原告が本件麦の所有権を取得したものとは到底認め難い。

(三)  同第三項中「その後において判明したところによれば」を除き、爾余の主張事実は認める。原告が善意であつたことは争う。なお、政府への売渡手続は、原告が売渡受託者として行つたものである。

(四)  同第四項中本件麦が令状により押収せられた点を除き、爾余の原告主張事実は認める。

(五)  同第五項はすべて争う。

(六)  同第六項中、「はじめて当該現物が回収できない状態にあることを知つたのである」を除き、爾余の主張事実は認める。

(七)  同第七項はすべて争う。

二、請求原因(前記第二の一)に対する被告の主張として。

(一)  本件麦五〇〇俵は被疑者藤崎静男に対する窃盗被疑事件の証拠物件として、昭和三十年八月二十四日、原告より、佐原警察署に任意提出せられ、用済の上は被害者に還付せられたき旨の申出があつた(乙第一号証)ので、同警察署は、捜索、押収令状を用いることなく、刑訴法第二二一条によつてこれを領置し、(乙第二号証)これが、保管を原告に委託し(乙第三号証)たまま、同年八月二十八日、佐原区検察庁に引継いた(乙第四号証の一、二)佐原区検察庁においては、刑訴法第二二二条、第一二四条、第一二三条によつて、昭和三一年二月一七日、千葉食糧事務所佐原支所大栄出張所長秋山満馬に四八〇俵(乙第五、六号証)、諸岡照一に二二俵(乙第七、八号証)を夫々仮還付したが、その後同年五月八日被告人藤崎静男に対し窃盗罪の有罪判決(乙第九号証)があり、控訴棄却の決定により有罪が確定した。よつて同年五月十日前記仮還付受人より本件麦を再提出せしめ、更に被害者諸岡照一に仮還付(乙第十号証の一、二)の上、同日本還付手続をしたものであり、(乙第十一号証の一、二)これら還付措置には何等過誤はない。

(二)  原告は本件麦を麦等の販売業者である訴外人から善意で買受けてその所有権を取得したと主張するが、次の事由によつてその主張は失当である。本件麦は、被告国の所有物で藤崎により窃取された事実は明白であり、従つて原告が右麦類を買受けるに当り、原告組合の使用人である斎藤が、その賍物である事実を知つていたか又たやすく知り得た事情にありながら、不注意によりこれを知らずに買受けたかどうかであるが、

(1)  本件麦は藤崎が窃取した物であることを斎藤が知つていたものであることは、たとへ同人に対する賍物牙保の公訴事実につき無罪の判決があつたとしても、

(イ) 藤崎が、係争物件を窃取した頃は同人は、集荷指定業者ではあつたが、事実上同人はその頃集荷業務をしておらなかつたこと、また同人はその頃各所に借財があつて既に信用を失墜していたこと、同人には麦一〇俵を取り扱う資力もなかつたこと、それらの事情はかつて同人と取引したことのある斎藤は知つていると考えられること。

(ロ) 麦の出廻り期は七月から八月一五日のお盆迄で、それ以降において、一時に五〇〇俵以上の麦を集荷するということは大変なことであること、特に原告組合所在地附近(山間僻地の開墾地帯)で五〇〇俵以上の麦を農協以外の個人が一時に集荷して販売委託するということは通常考えられないこと、昭和三十年の自由売買による麦価は比較的安く多くは政府に買上されたもので、自由売買で一時に五〇〇俵以上取扱う商人は関東地方では存在しなかつたこと。

(ハ) 藤崎が斎藤に、自分が買つて来たといいながら政府に売つてくれといつたこと、原告組合倉庫に運び入れた本件麦を直ちに、藤崎と斎藤の二人が共謀で検査請求をなし政府に売り込をしようと計画し、実行したこと(乙第一六乃至第一九号証)。

(ニ) 斎藤は原告組合の販売主任で-一般人ならいざ知らず-当時の食糧管理法第四条の二、同法施行令第二条の二同法施行規則第一七条の二、三、四及び農産物検査法第三条並びに食糧庁長官通牒の乙第一三号証の一、二、三同第一四号証の一、二、三同第一五号証の一、二の内容や、取扱方は十分知つていること、政府は生産者から直接または生産者から委託を受けた者から麦を買入れるのであつて農協所有のものを買入れないこと、ブローカの麦を買入れることはあり得ないことを斎藤は十分知つていること。

(ホ) 本件麦は五〇〇俵以上であり、同物件の俵には、検査票箋が貼つてあり、また等級証印も俵に押してあつて一見して、何処の産地のものであるか、また政府の貨物であると認められること、仮りに政府の貨物と認められないとしても、販売委託書がないときは関係出張所に問いただすなり、藤崎か入手した経路を聞きただして出所を明確にする等の取引上の重大な義務があるのに、敢てこれをせずに取引をしたこと。

(ヘ) 斎藤の上司である訴外石井与四郎、同秋葉利之らすら、一挙に、五台の貨物自動車に満載して原告組合に運び込まれた本件麦を見て、内心危ぐを懐き、斎藤に厳重な指示をしたこと、同人は訴外加瀬利雄から電話で藤崎からの買入れにつき忠告されたこと。

(ト) 本件麦には生産者の販売委託書が一通もなかつたこと。

(チ) 一度検査して検査票箋が貼つてあり、かつ各俵の包装に、検査等級証印検査票箋は確実かつ判然としているものを更に新俵として、検査請求をし、売渡申込をしていること。

(リ) 斎藤、藤崎、木川等の賍物性を認めた旨の検察官に対する各供述のあること。

以上の事実等により斎藤に、本件麦が盗品であることを十分知つていたことがうかがわれるので原告は、本件麦の所有権を取得するいわれがない。

(2)  仮りに然らずとするも、斎藤は右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)等の事情を知つており、藤崎と斎藤との本件麦に関する取引は異例の大量取引形態で、上司からも慎重にとの一応の指示を受けながら(ホ)記載の如き適切な処置をとらずに買受けたもので重大な過失があるから、原告組合は本件麦を即時取得するいわれがない。

三、更に原告の前記第二の二の各主張中

(一)  その(一)に対し、

(1)  原告組合は、組合の最大収入である政府麦の保管料の収入増加を図る意図をもつてその集荷に努力し、本件麦の集荷も、政府に売ることを当然のこととして(政府に売却し、政府の指示によつて原告組合の倉庫から庫出するまで倉庫料の支払がなされる。大量の自由麦を単に保管することは考えられない)原告組合の斎藤が藤崎から購入したものである。

この事実は、本件麦を原告組合に搬入すると同時に、他村物(大栄町)で既に検査票箋が貼つてあり、各俵の包装に検査等級証が確実かつ判然と刻されている検査済のものを、再検査(原告がそういうだけのもので再検査でない。正規の再検査は農産物検査法第一九条による)と称して政府に売却する手続をとつたことに徴して明らかである。

(2)  政府は生産者より直接に又生産者の売渡受託者である農業協同組合を介して麦を買入れるもので、原告組合がブローカーとして買つた自由麦を買上げることはしない。斎藤は、右の制度を熟知すればこそ、販売委託書のない本件麦の処理に苦慮し、遂に、ブローカーである藤崎を生産者に仕立て本件麦を政府に売込もうとしたのである。従つて、本件麦を斎藤が藤崎より善意無過失で買受けたものでないことは疑う余地がない。よつて本件麦の所有権が原告組合にあることを前提とする所論はすべて排斥されるべきである。

(二)  その(二)に対し、刑訴第二二一条は証拠物件の収集、確保を図る規定で、その領置物件の所有権の帰属をきめるものでない。斎藤が原告組合の名で本件麦の任意提出をしても、本件麦の真の権利者の権利に消長をきたさない。このことは刑訴第一二四条から見ても明瞭である。原告は民法第一九四条により代価請求権を有する旨強調するが前記(一)で述べた如く、原告組合は本件麦の所有権を有しないのであるから、右は他の事情的主張に反論するまでもなく失当として排斥されるべきである。

四、請求原因(前記第二の三)に対し、

(一)  前記第四の一と同旨の通り原告の主張事実並びに請求を争う。

(二)  昭和三十一年二月十七日千葉食糧事務所佐原支所大栄出張所長訴外秋山満馬が本件麦中四八〇俵の仮還付を受けたこと(乙第六号証)は認める。

(証拠関係)省略

理由

一、原告と被告は、提出の甲第十六号証を除く甲乙各号証の成立を互に認めるところであり、又本件弁論の全趣旨に徴しても本訴原被告間の主張事実に争のない事実が相当部分ある。本訴における主要な争点は大体次の諸点に要約されるから、事実摘示により争のない明らかな諸事実を前提とし、原告の予備的請求をも含めて、左記諸点につき順次認定と判断をなして結論を導出すこととする。

(一)、原告における本件麦五〇〇俵(五〇二俵)購入に際し、その賍物性の知情の有無。

(二)、原告における本件麦の即時取得の成立の有無、(民法第一九二条の善意取得)。

(三)、原告における盗品回復者に対する代価支払請求の抗弁権の有無、(民法第一九四条の盗品回復)。

(四)、国家公務員である検察官の本件麦に関する還付決定並びにその措置の適否と、検察官の過失の有無。

(五)、原告主張の原告の財産権上の権利侵害と侵害による損害の発生の有無並びにその損害額。

よつて証人斎藤和行の証言により成立の認められる甲第十六号証、その他の甲、乙各号証と、証人斎藤和行(第一、二回)木川隆、石井皓市、秋葉利之、藤崎静男、鵜沢武夫及び原告代表者各尋問の結果と、本件弁論の全趣旨とを合せ考えてみると、後記二、以下の事実認定並びに判断に達し、右認定に反する甲、乙各号証中の供述調書の各記載内容並びに各証人尋問の結果は、右認定を左右するに足る証拠として採用し難い。

二、本件麦五〇〇俵(五〇二俵)は、訴外藤崎静男が窃取した賍物である事実、従つて真正な所有者が他にある事実は、乙第九号証(被告人藤崎静男に対する窃盗罪判決書)によつても認められる。よつて原告組合は、藤崎から本件麦を買受けたとしてもその所有権を収得するに由なく、現品の引渡により後記所有権取得の判断はしばらくおくも、単にその占有権者となつたに過ぎない事実が一応認定される。

三、本件における最も主要な争点は、原被告双方の主張に徴して原告が本件麦を取得するに当りその賍物である事実を、事実上は原告組合職員斎藤和行が、その情を知りながら原告組合を通じて政府への売却斡旋をなした事実、即ち斎藤の賍物牙保の事実、並びに当時の農産物検査官木川隆が、これまた本件麦の賍物である情を知りながら、あえて右斎藤の斡旋従つて原告組合の要請に応じて検査検収をなし、本件麦を政府のために買受けた事実、即ち木川の賍物故買の事実及び右検査検収政府への買受け手続の実施に当り、木川が本件麦俵に付いていた正規の検査票箋をもぎ取つた事実、即ち木川の公文書毀棄の事実、換言すれば、本件麦を藤崎を経て原告を通じて、政府が買受け手続をなすに当り、斎藤や木川がいづれもその賍物である情を知つていたか否かである。よつてこの点につき考えてみるに、

(一)、甲第一号証(斎藤和行及び木川隆に対する前記各被告事件判決書)によれば、右被告人両名に対する無罪の判決が控訴なく確定している事実、その無罪の結論は検察官の立証を以てはいづれも犯罪事実を証明するに足りないから、犯罪の証明がなかつたものと認定された事実が認められ、右裁判記録である甲第二ないし第十三号証を検討してみても、右各無罪の認定事実が是認されるところで、当裁判所の判断もまた同様の認定に帰するのである。

(二)、右の認定事実から、原告が本件麦購入に際し、その賍物性の認識がなかつたものと認定せざるを得ない。尚付言すれば、刑事判決と民事判決の事実認定は、常に必ずしも一致するを要するものでも、又一方が他方によつてきそくされるものでもなく、いづれも法と良心とに従つて担当裁判官が裁判するものであつて、結論を異にする場合もあり得るのであるが、一般論として裁判所の裁判に対する一般社会の受取り方は如何であろおか、民事であれ、刑事があれ、同一内容の事案を取扱う場合に、一方においてある事実を是認し、他方において同一事実を否定し去ることは、右手で与えて左手で奪うに等しく、裁判のあり方として一考を要する点であり、裁判の安定性に関する問題を内在するものであるとも考えられるところである。裁判官は法と良心とに従つて、提出され取調べた証拠により判決を導き出して結論に達すべきものであるが、少くとも同一内容の民事判決に先行する刑事判決の事実認定並びにその結論は、民事判決をなすに当り、重大な関心を以て証拠としての採否や、事実認定の資料となし、その間刑事判決と民事判決との結果結論にそごを来さざるようにすることこそ、裁判官の良識であり、良心を形成する一要素であるとも考えられる次第である。

本件の場合においても前記認定のよおに、当裁判所の取調べたその他の乙号各証によつてみても、前記刑事判決の結論は是認するに価し、従つて原告において本件麦購入に際しその賍物性の認識がなかつたと認定する。

(三)、更に本件弁論の全趣旨並びにそれから推認される諸般の事情等を合せ考えてみると、

(1)  なるほど原告が本件麦を売買することの自由はあるが、五〇〇俵をもの大量の麦を簡単に転売することは、当時の状況から千葉県下の大生産工場(醤油等)以外には期待が持てず、多くの困難を伴うものであること、又一般的にみて政府買付麦の保管は地域農業協同組合等の政府指定倉庫に収納保管され、その保管料収入が取扱数量の多少に比例することは事実であることからみても、原告としては本件麦の政府への売却を企図し、殊に当年の目標額七、〇〇〇俵達成のために努力し、従つて政府買入れ麦の保管料収入が原告に取つて一つの大きな収入財源であつたこと。

(2)  原告の職員斎藤は、本件麦購入に当り、同人としては万全の措置を取つていること、即ち千葉食糧事務所係官に他村生産の麦の買入れに関し生産者の販売委託書の必要の有無、一度検査済の麦の買入れに当り如何なる方法を取ればよいかとの問合せ、再検査の可能性の問題、このことは斎藤にせよ、木川にせよ、検査俵数と政府買入れ俵数とが、過去において往々不一致であつた点が、その取扱上問題とされていた事実をも考慮し、木川は上司の意見を徴した上一応検査俵数と政府購入俵数が合致すれば問題なく、従つて本件麦の場合も真の法規上の再検査ではないが、検査検収して検査手数料を政府(食糧事務所)収入とすれば問題は生じないと解釈し、よつて何等の支障がないものと考えたこと。

(3)  又斎藤や木川が、本件麦の賍物である情を知りながら、あえてこれを原告のために取扱い、しかもこれを政府へ売渡しを企図した相当な理由が何等認められないばかりでなく、他日その賍物である事実が判明した場合には、斎藤や木川は勿論、原告としても場合によつては責任の追求を受け、多額の損害損失を招来する危険性が多分にあり、このような危険をおかしてまでも斎藤や木川更に原告が本件麦を取扱い、単に保管料の増収をはからなければならなかつたと認めるに足る事実が、証拠によつては認定できないし、常識的にも考えられないこと。

以上の認定事実並びに判断から、本件麦は原告において、一応藤崎から購入の上、次で政府への売渡手続をとつたとみるべきであつて、更に後記認定のような事情や取扱方法からみても、本件麦の賍物である情を知りながら購入したものであつたとは断定し難い。

四、民法は動産について、善意取得者保護の規定即ち民法第一九二条を設け、所謂即時取得を認めているところである。よつて原告の取得したとする本件麦が、民法第一九二条に該当するか否かの点について考えてみるに、

(一)、本件麦から発生した損害の責任は、最終的には窃取者藤崎の負うべきものではあるが、当面の問題としては一方被窃取者即ち被害者と、他方賍物たるの情を知らずこれを取得した者即ち善意取得者と、以上の両者の内いづれにその損害を一応負担せしめるのが妥当であるか又正義公平、取引の安全性等の観点からみて合理的であるかである、といわなければならない。本件における各証拠を検討した結果によれば、本件麦が藤崎から原告を通じ政府へ売却されるに際し、その所有権帰属の経過如何の点について考えてみるに、一般に麦類の政府への売却はその生産者又は生産者から委託を受けた農協等によつてのみ可能であつて、麦の政府への買付は多くの場合生産者である農民から直接買付けることなく、その中間に地域農業協同組合が介在し、その仲介斡旋により現品の授受受渡し、代金の決済支払等がなされる事実が認められるところである。原告としては政府の買入れに関する規定、取扱方針、指示、慣行等に従つて処理し、代金の決済等もまたそれぞれの書式規定に従つて所謂県信連及び原告組合並びに生産者である組合員の口座を通じ、各生産者へ支払われる事実が認められる。以上のような大体の取扱経過事実から、一般論として政府買入れ麦の所有権の移転変動の経過順序は、受託組合としては生産者からの政府への売渡のためその委託の申込と、所謂現品の提出集荷がなされ、組合としては一面生産者の代行機関として諸般の事務手続をなした上、更に被告主張のよおに政府への売渡のため正規の検査官の検査検収を経て、政府への売渡手続が行なわれ、その完了したときにはじめて政府の買付けた政府所有の麦となるものと解すべきである。従つて本件麦の被窃取者である本来の所有権者の存在することを別論とすれば、正規の検査検収を経ない間の麦の所有権は、いまだ政府へ移転していないとみるべきであつて、本件麦の場合においても政府への買入は完結していないと認めるのが相当である。しからば本件麦の所有権は前記窃盗罪の被疑事実の証拠品として任意提出、領置、押収されたとしても、その所有権が政府に帰属する理由とはならないばかりでなく、たとえ正常な買付の麦の場合であれ、本件の場合であれ、生産者或は政府の指示に従つて買付等に従事している組合即ち原告にいまだ所有権少くともその占有権が留保されていたものと解するのが相当である。

(二)、本件麦は前記認定のよおに、単純に原告としては不正な品であるとの認識なく、即ち正常取引可能の麦であるとの認識の下に、形式上は生産者からの委託の形式を取つて再検査の方法で政府への売渡手続をしよおとしたものである事実が認められる。換言すれば、本件麦は藤崎から原告が買受け一旦その所有権を取得して、次で形式を整えた上政府への売却をなす手続を取つたもので、その手続の途中において本件麦が藤崎によつて窃取されたものであるとの被疑事実のため、捜査官によつて領置され、政府即ち千葉県食糧事務所としては一旦なした正規の買受手続を途中中止している事実が認められるところである。

(三)、本件麦購入担当取扱者であつた原告組合職員斎藤は勿論、その他の役員等においても、原告が本件麦を購入するに当つての状況並びに措置は、本件麦が盗品即ち賍物であることの認識がなかつたことは言うまでもなく、民法第一九二条の規定する、平穏且公然に本件麦の占有を始めた原告が善意且無過失であつたと認めるのが相当であつて、民法第一九二条の規定を極端に厳密に解釈するときは、殆んど動産の所謂善意取得はこれを認めることが困難になり、却つて一般の取引は勿論、その他の場合においても大多の支障と無用の混乱を招来する結果となるものと考えられるからでもある。

(四)、仮りに法律上原告が本件麦の真正な所有権者たり得なかつたとしても、即ち本件麦か藤崎の窃盗行為により他の真正な所有者の所有権を侵害しいまだ本件麦の真正な所有権者が他にあるとしても、本件の場合は民法第一九二条により保護さるべき場合に該当し、民法第一九二条は動産の即時取得を認めたもので、その本質はその所有権取得を認めたものと解すべきであり、少くともその所有権を取得した場合と同一の法律効果を付与したものと解するのが相当であるからである。

以上の認定事実並びに判断によれば、本件麦は原告によつて民法第一九二条による即時取得されたと認められる。

五、本件当事者間に争のない事実並びに以上の認定事実によつてみるならば、本件麦の真正な所有権者がその所有権を主張し、本件麦の占有を回復するには如何なる手段手続があるであらうか、民法第一九二条は、真正な動産の所有権者と、平穏公然、善意無過失でその動産の占有をはじめた者との、両者の権利の均こう、正義公平、取引の安定性等の諸観点から、占有権の効力として善意取得者の権利即ち法律効果を規定すると共に、他面盗品等の場合はその回復に関する民法第一九三条、第一九四条の規定を設けその解決を図つている所以である。今本件について考えてみるに、

(一)、藤崎は雑穀肥料、農産物仲買商で、以前にも原告と農産物の取引をしたことのある商人であり、従つて民法第一九四条の「同種の物を販売する商人」とみるのが相当である。その藤崎から原告が本件麦を善意で買受けたのであるから、本件の場合は民法第一九四条に規定する場合に該当すると認定すべきである。(甲第二、第三号証乙第九号証参照)

(二)、本件麦の真の所有権者は、当然民法一九三条によつて盗難の時より二年間その現実の占有者即ち本件の場合は原告に対し本件麦の回復請求権を有するところであるが、原告としてはこの盗品回復の請求に対し民法第一九四条により原告が支払つた代価を弁償するまでは、本件麦の回復を真の所有権者即ち盗品の被害者に対し拒否し得る所謂抗弁権を有するものであることは、これまた疑を入れる余地のないところで本件の場合にも該当すると認められる。

六、検察官行木光副検事のなした本件麦の還付の決定、ないしその措置の適否並びに過失の有無につき考えてみるに、

(一)、行木検察官は刑事訴訟法の規定により、本件麦の仮還付と本還付をなしているから、一応その還付の決定なり、措置なりは、少くとも形式的には適法且つ無過失であるようにみられるところである。

(二)、しかしながら本件麦は、藤崎の窃盗罪の証拠物件として領置押収されていたもので、同人に対する公訴の提起、審理判決の結果その有罪が確定はしたが、いまだその公判審理中において、あえて事件担当行木検察官によつて、領置物である本件麦の仮還付が、昭和三十一年二月十七日千葉食糧事務所佐原支所大栄出張所長秋山満馬及び諸岡照一に対してなされ(乙第六、第八号証参照)次で同年五月十日集荷指業者であつた政府所有の本件麦の保管者諸岡照一に対し、改めて仮還付と本還付とがなされているのであつて、(乙第十、第十一号証参照)右仮還付は妥当な措置としてしばらく論外におくとするも、五月十日本還付がなされたことは、検察官の措置としては如何であらうか、司法の職にあり少くとも所謂世上の一般人に比してはるかに高度の法律知識を有していると一般的に考えられる検察官が、単に刑事訴訟法に違背しないからとの観点のみから、仮還付並びに本還付をしたものとしても、本件の場合においてはその行為が無過失な一般に許容さるべき手続処理とは到底考えられない。少くとも多少の疑問を抱くなり、その還付に当り法規殊に前記盗品等の回復に関する民法の各条項の存在等を考慮研究してのちなすべきであつて、右検察官の本件麦の還付措置にはむしろ一般人よりもより高度の注意義務があり、その義務違反即ち過失があつたものと認めざるを得ないところである。(刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法の施行は以て参考とするに足る。)

(三)、更に被告人斎藤和行、同木川隆に対する賍物罪等の公訴公判が当時係属中であつたのであるから、その判決の結果如何を当然待つて本件麦の本還付手続をなすべきが相当であつたのに、行木検察官は右判決の結果を待たず本件麦の本還付をなしているのは、民法第一九二条、第一九三条、第一九四条の規定を考慮せず、本還付がなされたものと認められるので、これ又その措置に過失があつたものと認めざるを得ない。

七、本訴請求における原告の財産権上の権利侵害と、その侵害により生じた損害の有無並びに損害賠償請求権の有無につき考えてみるに、

(一)、原告は前記認定のよおに民法第一九二条により、本件麦の所有権を取得したものと解すべきものならばその所有権、又もし然らずして右は善意取得者に対しその占有の事実に基き単に所有権者と同一の法律効果を付与したものと解するならば、ほぼ所有権に等しい占有権を有することになる。従つて右の所有権なり、或は占有権なりに基き本件麦の占有回復の訴を以てその占有を回復し得る権利を有するものであると解するのが相当である。これに対し現実の占有者が更に民法第一九二条なり第一九三なりを援用することはまた別論である。

(二)、原告は民法第一九四条の規定に基き、盗品回復請求権者に対しその物の返還請求に対応し、その支払つた代価の支払を求め得る抗弁権を有するところである。即ち本件においての問題点は前記認定のよおに、

(1)  藤崎が当時農産物、麦類等を取扱つていた商人であつたこと、

(2)  原告が本件麦を右藤崎から善意で買受けたこと、

従て被害者は本件麦を自己に回復するためには、原告に少くとも取得者である原告が支払つた代価を弁償することを要するものであつて、前記法条は、善意取得者中の盗品取得者についての特殊規定を設け、当該動産の引渡請求権者に対し、代価支払の抗弁権を認めたものと解すべきであるとすれば、本件においても原告が回復請求者に対し直接右抗弁権を有していたものと認定しなければならない。

(三)、本件麦に関しては前記認定のよおに検察官の過失によつて本還付がなされているのであるから、原告としては検察官の本還付行為の介在介入によつて、右財産権上の権利行使を阻害喪失せしめられたことになり、即ち原告は権利の侵害を受けたことになる。従つて国家公務員である行木検察官が、その職務を遂行するに当りなした本件麦の本還付措置は、過失より原告の前記財産権上の権利を侵害したことになるから、国である被告は原告の被つた損害を賠償する責に任ずべきものであると認める。

(四)、本件における検察官の無過失の主張として、原告組合の斎藤がその職員としての名義の下に、本件麦が押収されるに当り、「御用済の上は被害者に還付して下さい」との申出がなされているとの(乙第一号証)事実はあるが、右任意提出書の記載内容は、定形化していて必ずしも提出者の真意に合致する場合のみでなく、一応の申出でであつて、右の任意提出書を提出したからといつて、所謂本件麦の所有権又は占有権或は代価支払の抗弁権までも放棄したものと解するのは、本件の場合に酷であつて妥当な見解ではない。単に被害者に本件麦を返還せられても異議はないとの意であつて、その損害の帰属までも決定したものとは認め難い。尚右は当面の責任者として斎藤が組合職員名でなした提出書であつて、必ずしも代理権限がなかつたと断定し難いが、他面原告組合の意思表示としてみることもいささか妥当を欠くきらいがある。要するに右任意提出書は多くの場合警察署における事件処理上の慣行に従つて、形式的に一応提出されたものであるに過ぎないと認めるのが相当であつて、法律知識に乏しい一般人としては多くの場合警察官署等に対し迎合的であり、その真意を解さず慢然とその要求に応ずる場合がないではないとも思量せられるのである点をも考慮するならば、本件の右任意提出書の記載内容を以て、直ちに検察官の無過失を認めるわけにはいかないから右の主張は採容し難い。

八、よつて原告の被つた損害額について考えてみるに、原告は藤崎に対し本件麦五〇〇俵(五〇二俵)の買受代金として金一、〇二八、六一五円を右麦の引渡を受けて支払つているから、原告の受けた損害額は一応右支払金額相当額であると認められる。よつて民法第一九二条による即時取得者としての所有権或は占有権に基く回復請求権の行使不能による損害であると、はたまた民法第一九三条、第一九四条の規定により被害者が本件麦を回復するには、原告が支払つた前記代価の弁償をしなければならないのであるから、原告の有する右抗弁権が喪失せしめられた損害であるとを問わず、検察官の過失によつて被害者に対し仮還付並びに本還付された本件麦の右支払代価相当額が、原告の被つた損害額となることとなる。

検察官が右の民法の規定のあることを考慮し、当然原告に対し本件麦を還付していたならば生じなかつたであらう損害額であるから、よつて原告の被つた損害賠償額は右の金一、〇二八、六一五円である。

九、果して以上の事実認定や法令の解釈等が妥当で理由があるならば、

(一)、原告は先づ民法第一九二条の善意取得者として、本件麦の所有権、仮りに所有権の取得と解するのが不当であつても少くともその占有権を取得したことになるから、右所有権なり占有権に基き本件麦の回復即ち還付請求権を有していたが、検察官の被害者還付決定により右権利行使がいちぢるしく困難となつたか又は不可能となつたこと、

(二)、原告は次に本件麦の所有権者である盗品回復請求者に対し、民法第一九四条による代価支払請求をなし得る抗弁権を有するところ、検察官の被害者還付措置によつて、右抗弁権の行使が阻害喪失せしめられたこと、

以上の結論として、本件は右(一)の所有権或は占有権の侵害による損害賠償の請求とみられるが、仮りに右の所有権なり占有権の侵害が認められないとしても、右(二)の抗弁権の喪失に代る損害賠償の請求には該当することになるから、被告は原告に対し本件麦の代価金一、〇二八、六一五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十四年八月九日から完済まで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、その理由があるからこれを認容することとし、従つて予備的請求は右請求中に包含されその必要がないことになる。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条により、主文の通り判決する。

(裁判官 秋本尚道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例